投稿日:2008-06-12 Thu
プネでMBAコースをとっていた学生2人が、恋愛関係のもつれにより、共謀して同じクラスの学生を毒殺したとして、12日木曜日、この2人に対して終身刑が言い渡されました。この事件は、昨年4月22日、Aditi SharmaとそのボーイフレンドのPraveen Khandelwalが、同じクラスメートのUdit Bharatiさんを、毒を塗った食べ物を食べさせ、死亡させたというものです。
3人はプネのWakadにあるMBAの学校に通っていた25歳の学生でした。
Aditiと被害者のUditさんはともにパキスタンに近いジャンムー地方からプネに勉強のためにやって来ました。二人は親も認める恋人同士で、MBAコースが終わったら結婚しようと約束していました。
しかし、その関係は変わってしまいました。
在学中AditiはPraveenと出逢い、恋に落ちました。そしてAditiはUditさんとの関係を終わらせたいと思いましたが、Uditさんは別れるつもりはぜんぜんありませんでした。
検察側の訴えによれば、AditiとPraveenはその後デリーにコールセンターの仕事を見つけ引っ越しましたが、Uditさんは諦められず彼女を追い続け、困らせていました。そこでAditiとPraveenはUditさんを殺害しようと企みました。
昨年の4月22日、Aditiはプネを訪れ、Uditさんをホテルに呼び、そこで「友達とShirdi(本家サイババがいる町)に行ったおみやげ」と言って、神に捧げる食べ物である"prasad"を渡しました。それを食べたUditさんは気分が悪くなり、いったん家に帰りました。その後、体調が悪化し、病院に運ばれたものの、命を引きとりました。
警察でははじめ、事故死として扱っていましたが、その後Uditさんの死体からヒ素が検出されたことから、殺人事件として捜査。背後関係を調べた結果、AditiとPraveenに容疑がかかり、ジャンムーで二人を拘留。二人はその後犯行を自白しました。そしてAditiのかばんからは犯行に使ったと思われるヒ素の残りが発見されました。
判決後、裁判官がAditiとPraveenに何か言いたいことがあるかと尋ねると、二人はともに「無罪」を主張したとのことです。
弁護側は量刑不当として、上告する構えを見せています。
●Woman, lover get lifer for murdering fellow MBA student [expressindia.com]
http://www.expressindia.com/latest-news/Woman--lover-get-lifer-for-murdering-fellow-MBA-student/321963/
●Pune MBA students get lifer for murder [NDTV.com]
http://www.ndtv.com/convergence/ndtv/story.aspx?id=NEWEN20080052820&ch=6/12/2008%205:06:00%20PM
●Pune MBA students get life for murdering friend [IBN Live]
http://www.ibnlive.com/news/pune-mba-students-get-life-for-poisioning-friend/67037-3.html
●MBA student, beau held guilty in poisoning case [The Times of India]
http://timesofindia.indiatimes.com/Pune/MBA_student_beau_held_guilty_in_poisoning_case/articleshow/3121974.cms
投稿日:2008-06-05 Thu
コモンウェルス・ユース・ゲーム(Commonwealth Youth Games)が今年10月にプネで開かれるということで、目下市内ではスポーツ施設の建設、道路の整備、その他町の美化政策などが急ピッチで行われています。しかし残念ながら、計画は全体的に遅れが目立っているようです。コモンウェルス・ユース・ゲームズとは、イギリス連邦に属する国や地域が参加して4年ごとに開催されるスポーツ大会であるコモンウェルス・ゲームズのユース版で、18歳以下が参加資格となっています。
コモンウェルス・ゲームズは1930年から行われていますが、ユースのほうは2000年が第一回。今年のプネ大会は第3回目になります。今年は53の国と地域から1300人の選手が参加します。(2010年にはコモンウェルスゲームズのほうが、デリーで行われます)
開催期間は10月12日から18日。すでにあと150日を切っています。海外から多くの人が訪れるため、プネでは町の整備を急いでいます。
まず、大会が行われるスタジアムの建設が大会開催の2ヶ月前に終了する計画ですが、現在のところ工事は遅れているとのことです。
遅れの理由は関係者によると、国内外のいろいろな組織があれこれ要求をしてきているからだそうです。
「たとえば、コモンウェルスゲームズの委員会はバドミントンコートは10面しか要求していないのに、国のスポーツ連盟は14面欲しがっているんです。こうしたことが遅れの理由になっています」
8月29日から9月4日にかけてはスタジアムの”テストラン”が行われます。実際にいろいろな試合をしてみて、本番のために施設の運営が問題ないかをチェックするものなので、不可欠なものです。ですからそれまでにはどうしても間に合わせなければなりません。
またスタジアムと市街を結ぶBalewadi-Baner roadの整備は8月に工事が完了する予定でしたが、大幅に遅れが出ているようです。30メートル幅の道路をきれいに整備するはずでしたが、関係者は、大会までに「とりあえず人や物の輸送ができる程度の道」しか用意できないと語っています。
その他市では150万ルピーを費やして、主要な道路や交差点に木や花を植える緑化計画、さらにもう150万ルピーで、ストリートファニチャー(景観と調和するように美しくデザインされた彫刻、電話ボックス、案内板、標識、ベンチなど、道路や広場で都市空間を演出する様々な設備)の整備も行う予定ですが、どれも6月に入ってようやくスタートするとのことです。
●Pune turning into city beautiful for Commonwealth Youth Games [Thaindian News]
http://www.thaindian.com/newsportal/world-news/pune-turning-into-city-beautiful-for-commonwealth-youth-games_10054887.html
投稿日:2008-05-06 Tue

インドは実はサッカーにおいて世界的に見ても古い歴史を持っています。インドではじめてサッカーのクラブチームができたのは、今から百年以上もさかのぼります。1888年からはドゥランド・カップというサッカー大会が始まり、これはイギリスのFAカップに次いで古い大会とされています。
「黄金時代」は1950年代60年代でした。インドの独立から3年後の1950年には、ワールドカップの予選を勝ち抜き、本大会へ出場することが決定しました。
それまでインドは裸足でプレーしていました。しかしFIFAは裸足でのプレーを禁止しました。それに対してインド側はFIFA大会への参加を拒否。これにより決まっていたワールドカップ出場もなくなってしまいました。それにも負けずインドはその後1951年と1962年のアジア大会で優勝したのでした。1956年のオリンピックでは4位の快挙を成し遂げました。
しかし、その後サッカーのレベルは下降していく一方でした。プロリーグを作ったり、インフラを整備したり、選手の育成に力を注がなかったのが理由と言われています。FIFAで登録されている限りでは、かつてランキングで1996年に最高94位を記録したあと、現在の2008年の154位まで毎年順位を下げ続けてきました。
国土が広大すぎるため、サッカーの人気を国中に広げることは困難でしたが、それでも西ベンガル、コルカタ、ゴアなどの地域では、サッカーの人気は衰えませんでした。
たとえば2004年9月、クリケットのインド対南アフリカ戦がコルカタのエデン・ガーデン・スタジアムで行われましたが、そのときの観客動員数は約2万人でした。一方、その3日後、同じくコルカタで行われたドイツW杯アジア一次予選の対日本戦には、約10万人が観戦に訪れたといいます。
ちょうどこのときインド代表の監督を務めていたステファン・コンスタンティン氏は、当時こう語っています。
「どこに行っても道端で子供たちがサッカーをしているし、サッカーはインド社会の一部になっていると思います。最大の人気を誇るのがクリケットだというのは、メディアによって信じ込まされているだけで、人々が本当に見たいと思っているのはサッカーなのです。問題なのは、インドのマスメディアがクリケット界の人間や政治家に支配されていること。テレビで放送されないがために、ヒーローが現れることもないし、国民がサッカーを見るようになりません。しかし、サッカーへの情熱は確実に存在します」
今後Iリーグを基盤に、メディアから注目され、選手育成やインフラの整備が進んでいけば、レベルも上がっていくことと期待されています。
かつての黄金時代を振り返れば、インドのサッカーは「未熟」ではなく、「低迷」といえるのかもしれません。
●TV放映権の長期契約をテコに再びアジアの強国へ〜インド
http://www.maxell.co.jp/afc/column/051118_indian_appearance.html
●Football in South Asia : 南アジアサッカーは目覚めるか
http://www.maxell.co.jp/afc/column/080201_football_in_SouthAsia.html
●AFC(アジアサッカー連盟)---インド
http://www.the-afc.com/jpn/nassoc/country.jsp_IND-276-1.html
●FIFA ランキング---インド
http://www.fifa.com/associations/association=ind/ranking/gender=m/index.html
●Iリーグ・公式サイト
http://www.indianfootball.com/specials/ileague/
投稿日:2008-05-05 Mon

インドでは2007年からプロサッカーリーグ「Iリーグ」がスタートしましたが、このリーグの中にプネのチームもあります。
その名前はPune Football Club、略してプネFC。チーム名にその土地の名前を入れている数少ないチームの一つで、インドでは監督として唯一のワールドカップ経験者である北アイルランドのBernard McNallyを迎えています。スポンサーはムンバイを拠点にさまざまなビジネスを手がけるAshok Piramal Group。
Iリーグではホームとして試合はBharati Vidyapeeth Educational Complex Groundで行っています。しかし練習は他の場所でしているとのことです。
プネFCは2部リーグ。昨日日曜日は最終節の最終戦を勝利で飾ったものの、今までの成績がよくなく結局5位に終わり、1部昇格を逃してしまいました。
Iリーグは今年1年目。以前から半プロリーグのNFLというものがありましたが、あまり流行っていませんでした。しかし昨今のクリケットやホッケーなどのスポーツブームに乗って、Iリーグと名前もシステムも変え、NFL時代の8チームに推薦による2チームを加え10チームで、まず1部リーグがスタートしました。
1部リーグ終了後、続いてレベルが下の2部リーグが始まりました。AFLのときの2部リーグ8チームと、先の1部リーグで下位2チームの合計10チームで争われました。
そしてプネFCは2部リーグとしてスタートしましたが、奮戦むなしく1部リーグには上がれませんでした。来シーズンは再び2部リーグで戦うことになります。
今後の活躍に期待です!
インドでサッカーというと、あまりメジャーではないし、レベルも世界的に高くありません。実際FIFAの世界ランクを見ても154位。まだまだというかんじです。しかしインドサッカーの歴史を見ていくと、かつて「黄金時代」が存在したそうです。
少し長くなってしまうので、インドサッカーの歴史をひもとくのは次回にしたいと思います。お楽しみに!
●Pune FC pushes Indian Bank to the bottom [The Hindu]
http://www.hindu.com/2008/05/05/stories/2008050556451900.htm
●Pune FC Finish Fifth In Second Division League [Goal.com]
http://www.goal.com/en-india/Articolo.aspx?ContenutoId=683849
●プネFC・公式サイト
http://www.punefc.com/
投稿日:2008-05-03 Sat
レオナルド・ダ・ビンチにインスピレーションを受けたプネに住む10歳の少年は、ボリウッドスターなど肖像画を30秒で描き、さきごろその偉業がギネスブックに申請されました。少年の名前はハリス・カーン君。3歳のときでした。母親が遊ばせておくために、紙と鉛筆を与えたところ、数時間後、ライオンを詳細に描写した絵を目にして、大変驚きました。その後絵を描くのが、ハリス君の趣味になったそうです。
ハリス君の好きな科目は歴史。はマハトマ・ガンジーの生涯に感動し、ガンジーの肖像画だけでも千枚描いたそうです。
そのほか、マザー・テレサ、日本とともに戦ったインドの独立運動家チャンドラ・ボース、その他ディリップ・クマール、アーミル・カーンといったボリウッドスターの肖像画もたんさく描いてきました。
しかしハリス君に最も影響を与えているのはレオナルド・ダ・ビンチとのこと。
「僕はレオナルド・ダ・ビンチが大好き。すごい芸術家だよ。本当にすばらしい作品がたくさんあるんだ」
ハリス君はしかしながら、今まで絵の「勉強」をしたことがありません。しかし多くの有名な画家は彼の作品をほめたたえているといいます。ハリス君のお父さんはこう話します。
「ハリスはこれまで絵についてトレーニングを受けたことはありません。ただの一日も。アート・スクールを訪ねたこともあります。しかし校長先生に、ハリスの作品はもうほとんどPhDレベルだから、トレーニングは必要がないと言われました」
ハリス君は今まで多くの展覧会を開いてきました。はじめての展覧会は2007年1月にプネのNucleus Mallで行われました。同年12月にムンバイのMumbai Art Galleryで開いた展覧会では、ボリウッドスターの肖像画がたくさん展示され、オープニングには女優のタヌシュリー・ダッターとコメディー俳優のラジパル・ヤダヴが訪れました。

【左からラジパル・ヤダヴ、ハリス君、タヌシュリー・ダッター】
将来の夢は「アーティストになること」と、約束されたような未来が待っているハリス君ですが、そこはまだ10歳の子供。テレビが大好きで、特に好きなのはDisney ChannelとCartoon Network。トムとジェリーやスパイダーマンなどのアニメのキャラクターをスケッチするのが楽しみだそうです。
●A child prodigy in Pune aspires to enter world records [Asian News International]
http://www.dailyindia.com/show/236343.php/A-child-prodigy-in-Pune-aspires-to-enter-world-records
●Little wonder [cities.expressindia.com]
http://cities.expressindia.com/fullstory.php?newsid=220086
●Tanushree Dutta sizzles at Haris Khan painting exhibition [BOLLYONE.COM]
http://www.bollyone.com/tanushree-dutta-sizzles-at-haris-khan-painting-exhibition



